ばちかぶろぐ

こう見えて、好きなのは沢山あるんですよ。

結婚を通過儀礼扱いにしている年配の方多すぎんよ

どうも、バチカです。

明日は夜勤なので今夜は結構夜更かしする所存です。だから、今はゆっくりとブログが書けるっていうね。

 

今日、書きたいと思っているテーマは「結婚」です。

先々週のゴールデンウィークに実家帰った時なんですが、俺もとうとう親から意識されるようになりました。結婚を。いい人いたら結婚しなよ、と。ああもう、そういうことを言われ始める時期になってきたんですね。まあ、親は前々から俺を結婚させる気満々だったので、今更言われたところで何ともないんですけどね。

一応、俺自身、結婚そのものに関してはあまりネガティブなイメージはありません。機会があればするよ。って感じ。ネットでは結婚に関してネガティブな話題が飛び交っていますが、俺は別に「結婚したくない」という気持ちは少なくともありません。夫婦仲の良い両親の背中を見て育ったからだと思いますが、ネットの書き込みを見るあたり、どうやら俺の家庭環境は結構恵まれているようですね。

ただ、その結婚観については、世代間で凄い格差があるような気がします。今日はそれについて主張したいと思います。

 

結婚は「させられる」ものであった親世代。結婚は「出来る/出来ない」ものとなった子供世代。

これはまだ職場での研修研修での話。年配の方(役員の人。めっちゃ偉い)が、こんな事を話してました。

「人生には四つの節目があります。一つ目は入学。二つ目は入社。三つ目は結婚。四つ目は退職です」

これを聞いた瞬間、失礼ながら内心思いました。

(一つ目はあるけど、今時、二つ目も三つ目も四つ目も怪しいだろ。今時、そんなの当たり前の話じゃない)

ここでは二つ目と四つ目は割愛しますが、三つ目は本当に思いました。人生誰もが通る節目じゃねえだろ。と。

現在は未婚率が上昇しており、これからも上がり続けるだろうと言われています。これは他の方ですが、年配の方々は大変理解されているようで、「少子化の原因として未婚率が上がっている。社員の一人一人が相応しいパートナーに出会えることが大切だ」と話していました。けれども、恐縮ながら俺は思ってしまいました。未婚率が上がっていて若者が結婚できないというのは分かってるみたいだけど、なぜ出来ないのかは意外と分かってないんじゃないの? だって、あなた方が若かった頃とは仕様が全然違うんだから。

 

彼らが若かった頃は、自分達が能動的に動かなくても、親戚やら上司やら外部の人達の力によって、若い男女がカップリングされていました。「結婚して初めて一人前」「結婚しないとそもそも生活できない」など様々な圧力もありましたが、彼らの世代は、とにかく結婚させられる時代でした。とにかく、通過儀礼のように誰もが当たり前のように結婚していた時代でした。

ところが、現代は違います。自由恋愛や婚活といった言葉に代表されるように、結婚までの道のりは過酷な市場競争と化してしまいました。能動的に動かないと、結婚どころか相手すら見つからない時代となったのです。というか、能動的に動いたとて、個人にそれ相応の魅力なりなんなりが無いと、結婚どころかパートナーを獲得する領域にすらたどり着けないというね。かくいう俺も、そんな感じなわけで。

つまり、結婚は出来る者のみが出来る時代へと変わってしまったのです。

 

この違いはエグいですよ。させられる。と、出来る者のみが出来る。の差は、もう天地雲泥の差です。どっちが結婚している人の割合が大きいのか一目瞭然でしょう。

年配の方々は、この事情をちゃんと分かっているのでしょうか。彼らがなぜ結婚できないのか。その原因を自分の若かった時の自分と照らし合わせても、多分きっと答えは出ないでしょう。だって仕様が違うのですから。難易度も価値観も何もかも。

通過儀礼のように誰もが結婚する時代は終わった。これを、年配の方々はぜひとも早く理解してほしいものです。しかし、世代間のずれというものは、なんとも残酷なものですね。

 

 

俺の親も分かってるようで分かってない気がするんですよねえ。時代が変わってしまったのは俺も理解しているので、俺も自力でなんとかしようと思ってはいるんですが、いかんせん↓のようなものですし、もうどうしようもない感じです。 

zauer-bachika.hatenablog.com

ちなみに俺は、結婚しろ。という周囲の声に対し、常々こう言ってます。

俺を結婚させたくば、いい人を俺に紹介するんだな。

大体、相手はこれで黙る感じです。親にこれ言ったら、「分かった。任せとけ」みたいなことを言われてしまいましたけど。

 

ま、自分でも、何とかしたいとは思っているんですがね。

 

 

『草食系男子』批判が許せない件

最近またなんか寒くなってきたんだけど、今年の五月ってどうなってんのよ。

 

こんばんは。バチカです。

今回はこの件について意見を書きたいと思います。『草食系男子』批判についてです。

草食系男子。この単語を聞いて皆さんはどう思うのでしょうか? 最近は『草食系男子』ならぬ『絶食系男子』なんてものも増えてきたようですが、俺は、これらの様な男性が増えてきたのは、時代の流れで見れば当たり前であり、それを批判しているのはむしろおかしい。と考えています。そりゃもう、理不尽だろ! って怒りたいくらい。

理由はいくつかあります。

 

そもそも、草食系男子を望んだのは女性の方

昔、女性の立場というのは、現代よりも良いものではありませんでした。

日本でも――現在、↓このゲームをプレイしているんですが、

 

龍が如く 見参!

龍が如く 見参!

 

 これの序盤のシーンにもあるんですが、昔は女性の人身売買のようなものが平然と行われていたようですね。そしてそれは、俺の祖父母(80代)の代辺りまでずっと続いていたらしいです。

それだけではありません。現代であれば、セクハラ、ストーカーと言われるようなアプローチも普通に行われていた(押して、押して、押しまくれ! 例え断られても、相手が根負けするまで更に押せ! とか、まさにそれですねw)ようですし、ひどい場合では、道端で強姦して、その後に『傷物になったから責任を取る』という形で加害者が被害者と結婚する。というような話まであったそうじゃないですか。さらにヤバいのだと、ある人曰く、とある地方の農村では、結婚できない男性達の『便器』として女性が使われていたケースもあったのだとかなかったのだとか。

さらに、結婚した後も、現代ではDVと呼ばれるようなことでも問題沙汰にはならず、「妻のように扱う」というフレーズには、相手側が拒否しようが傍から見れば性的DVであろうが夫婦内であればいかなる性交渉であれ御咎めなし。というニュアンスが含まれていた。という、そんな時代でした。

ああ、確か現在のインドもそんな感じだった。って、一時期ネットでも話題になりましたね。

 

やがて、そんな糞みたいな現状を打ち破るべく、フェミニストと呼ばれる者達が立ち上がります。

彼等は、上記で挙げられた不幸な女性達を救う為、『女を守る』ような決まりを作り始めます。セクハラ・ストーカーの取り締まりは勿論、強姦やDVのような婦女暴行を刑事罰にする法律も作られてきました。

そして、彼等の努力の甲斐あって、『女を守る』法律は広く世間に広まっていき、我々国民の意識にも強く刻まれることとなりました。

 

それに合わせて、男性達も変わっていったのです。

最早、過去の様なアプローチの仕方は、紛れもない悪。むやみやたらに女性に接近するのはセクハラ・ストーカーに抵触しかねない悪いことであり、まして強引に近づきすぎるあまり文字通り手を出すことなんざもってのほか。

ならば、こちらから女性に近付くのなんて一切やめて、向こう側からアプローチしてくるのを待とう。そしてその間は、趣味なりなんなり恋愛云々とは別の好きな事をやっていよう。とにかく大人しくしていよう。だってそっちのほう方が、こちらからアプローチするよりも正義なのだし。そう思うようになっていきました。

 

そんな男達に対し、世間は(特に女性やジジババソーシャルの方は)、こう言ったのです。

「草食化してて情けない」と。

↑これがいかに理不尽で矛盾に満ちた言葉か分かるでしょう。

 

もうね、ふざけんなよ。と。歴史的背景を見てみれば、草食系男子および絶食系男子が生まれるのはもはや必然であり、女性の方々は彼等の到来および増加をむしろ喜ぶべき立場なのです。それを、あろうことか情けない。と、こちらが勝手に劣化したかのように批判されるのは、はっきり言って心外なのですよ。

 

現代では、男性にとって女性に近付くというのは、地図の無い地雷原に足を踏み入れるようなもの

俺にとある知識を下さった、ある方はこう言いました。「女性は『地雷』だ」と

アニヲタWiki(仮) - この人痴漢です!』という言葉にもある通り、現代においては、女性に近付くというのは、もはや法的リスクの極めて高い行為になってしまいました。その人曰く、痴漢撲滅ポスターに描かれていたステレオタイプ的な痴漢のイラストが自分に似ていた。という理由で、二度と電車に乗れなくなってしまったのだとか。『こいつに冤罪を吹っかけても私は疑われないだろう』と痴漢の示談金をせびってくる女性からの被害を警戒しての事だそうです。

また、職場や日常でも、セクハラやストーカー法の徹底により、男性は女性に近付くという行為自体が、法律に触れかねないことになってしまいました。あれで捕まった時の社会的制裁とかデカいですもんね。長年のキャリアが、たったそれだけのことで全て失われてしまいますもの。それも、元の平凡な日常すら戻れなくなってしまうくらいに。例え、それが冤罪であったり、単なる自意識過剰女と呼ばれる人間の訴えに過ぎなくとも。

これを『地雷』と形容せずしてなんと表現するのでしょうか? 俺には分かりません。

 

もちろん、適切なアプローチをすれば、そんなことはないのでしょう。

ですが、適切なアプローチとは一体何なのでしょうか? そんなものは、学校ではまず教わりません。ネットや書籍には様々なアプローチ法がありますが、そこに書いてあるのは、いわゆる民間療法のようなものばかり。決して、全ての人間が常識的に知っている知識ではありませんよね。

更に言えば、仮にそれを知っていたとして、その通りに実際にやれば、法的リスクに触れずにアプローチできるのでしょうか? いいえ、そうとは限りません。「※ただしイケメンに限る」なんて言葉が流行ってしまったように、全ての男性が同じようにやれば全て同じような結果が出るとは限りません。

つまり、適切なアプローチの仕方も誰も教えてくれず、民間療法のような情報しか存在せず、しかも法的リスクばかりがちらつくこのご時世において、男性にとって女性に近付くというのは、正しい道順も知らずに地雷原に足を踏み入れるようなことなのです。それは、赤信号みんなで渡れば怖くない。や、万引きはバレなきゃ犯罪じゃない。と、同義。まあ、普通はやらないことですよね。そりゃ、草食的になりますわ。

 

結局のところ、俺にとって『草食系男子』を批判している人っていうのは、

  1. 実はレ〇プされたい願望のある超絶ドM
  2. 時勢が読めてない人

の、どっちかにしか思えないのですよ。過激なこと書いて申し訳ないですけど。

 

ま、学生時代に話したことのある女性の方々は、案外『草食系男子』に理解を示している人が多かったですね。そこは嬉しかったです。

好物ひとつで、人は個性的になれる。――コーラが好きすぎて研究室でネタにされた話

諸君、私はコーラが好きだ。

 

こんばんは。バチカです。

今日は休日です。休みの日は好きな事をしてリフレッシュするに限ります。大好きなコーラを飲んで、大好きなネットやゲームに興じるのが、至高の楽しみです。今夜話すのは、そんな、俺のコーラ好きが招いた珍事です。

 

話は数年前。大学の研究室生活まで遡ります。

俺の研究室がある建物のすぐ近くに自動販売機があり、そこにはペプシコーラの500mL缶が必ず売ってました。で、俺は喉が渇くと、必ずそこでコーラを買って飲んでいました。いっつもいっつも。研究室っていうか実験室に持って行って。プシュッとプルタブを開ける音を響かせながら。

 

で、そんな生活を続けていった結果、どうなったか。

いつの間にか、研究室のメンバーの間で『俺=コーラ』の図式が出来上がっていました。

 

もうね、俺がコーラを飲む光景が、研究室の風物詩そのもと化していたんですよ。

コーラを飲んでいたら「またコーラを飲んでいるよw」と笑われ、

コーラを買いに行ったら「ペプシチャージかい?」とか言われ、

コーラ以外のものを飲んでたら「なんでコーラ飲んでないの?」と動揺され、

コカ・コーラを買いに来たら「ペプシじゃないの? なに浮気してんだよ!」と怒られ、

元気がない日には「コーラが足りないんじゃないの?」と励まされ、

プシュッとプルタブを開ける音だけで、誰かが吹き出しました。

俺くらいしかいないんじゃないですか? プルタブ開けるだけで人を笑わせた人なんて。

研究室では大人しく、普段あまり絡まない女子からすら、「あれ? バチカさん(あ、現実ではこう呼ばれてはいませんよ? 苗字で呼ばれていました)、今日はコーラ飲んでないんですか?」と指摘される始末でしたし。

 

極め付けは、このエピソード。

俺の所属する研究室には実験室が三部屋ありました。で、うち二つが利用されており、残りの一つは試薬棚というか倉庫的な扱いとなっていました。また、その部屋の中にはドライアイスを保存するための専用の冷凍庫があるのですが、

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画像だとこんな感じなんですけど、クーラーボックスみたいに上からパカッと開けるタイプなんですね。で、ドライアイスって、空気より重いじゃないですか。だから、ドライアイスをこの中に入れてしばらく放っておくと、昇華したドライアイスで真っ白な靄まみれになって、中が何も見えなくなってしまうんですよ。言い換えれば、冷凍庫の中はドライアイス濃度が高く、相対的に酸素濃度の低い空間。つまり、この中に顔を突っ込んでしまうと、酸欠を起こす危険が非常に高いのです。

で、そんな入ってきたばかりの時、研究室に所属していた博士研究員(ポスドク)の方が、休み時間の時にこんなことを言ったのです。

「あ、バチカ。お前、病んだからってこの冷凍庫の中入って自殺とかするんじゃねえぞ? そうしたら、夜な夜なお前の机から、コーラのプシュッて音が聞こえてくるかもしれないからな」

「ちょww、なんすかそれww 死んで、そんな音出すとか、俺、どんだけコーラ好きなんですかw」

「だっていっつもお前、コーラのプシュッて音出してるじゃん。いっつもお前から聞こえて来るんだよ? コーラのプシュッ、が」

(研究室にいたメンバー全員大爆笑)

で、このエピソードを普段幽霊とか全く信じない准教授(下の記事でも紹介した人物)の前でも話したら、近くにいたその博士研究員曰く、

 

zauer-bachika.hatenablog.com

 「俺、今まで間違った事言ってる?」

さらに、その准教授も苦笑いしかしなかったっていうね。

 

とにかく、俺が大学を卒業するその日まで、『俺=コーラ』の図式は、研究室から消えることはありませんでした。そして、今でもそれは変わってないし、変える気は全くないっていうね。

結局、何が言いたいかっていうと、タイトルの通りです。好物一つあるだけで、人は個性的になれるんです。好きなもの一つあるだけで、長く続けられるもの一つあるだけで、人は個性的で魅力的な人になれるんです。たとえ、どんなものであろうと。

研究室の一件で、俺はこれをよーく学びました。

 

というわけで、自分には魅力がない。個性がない。と、お嘆きの方は、とにかく何か好きなものを一つ作るといいでしょう。そして、さりげなくてもいいですから、組織の中でそれを見せつけてやりましょう。そうすれば、極めて簡単に、個性や魅力が手に入ると思います。参考がてら、ぜひともやってみてください。

 

それでは。

明日もコーラを飲むぞっ。

 

 

人生、何が役に立つかわからない。――職場の帽子に不満があったけど、最近そうでもなくなった話

夜勤二日目が終わりました。

こんにちは。バチカです。今日もまた、俺の職場におけるしょうもない話です。今回の話題は、職場でかぶる帽子について、です。

 

工場だと必ずかぶりますよね。つばの広いキャップみたいな帽子。就活の時も、様々な企業説明会の時に、工場見学にて毎回かぶってました。だいたいキャップかヘルメットでしたが、帽子をかぶるのはどこの企業でも同じなんですね。まあ、安全の為ですから、当たり前なんでしょうね。

ただね、どこの職場でも同じだったんですが、不満があるんですよ。

ちっちゃすぎるんですよ。どこも。

 

もうね。きつすぎて仕方がない。毎回毎回、孫悟空ですよ。三蔵法師からマイルドに呪詛かけられて、頭きつく締め付けられてる孫悟空ですよ。で、仕事終わって家から帰ってきた後も、なんか頭の辺りに違和感があって、ずーっと『帽子かぶってる感』が残ってしまうんですよ。

サイズのデカいのを頼めばいいではないか。って話かもしれないんですけどね、それ人事に訴えたら、今ある以上にデカいのはない。って言われてしまったんですよ。で、その一番デカいものでも、帽子の後ろ側にある『大きさを調節する帯みたいなやつ』を最大にするどころか、取っ払ってもきつかったっていうね。ぶっちゃけ、どこの企業も同じでした。

あれはほんとなんなんですかね。頭の大きい人差別なんですかね。もっと大きいのは無いんですかね。

 

と、ずーっと愚痴っていた俺ですが、そのきつい帽子が夜勤には案外役に立つんだな。ということが、最近になって分かってきました。

なぜなら、そのきつさのおかげで、けっこう目が冴えるんです。だから、慣れない夜勤にもかかわらず、勤務中は眠くならないんですよ。ありがたいことに。身体は眠くなってるかもしれんけど。

 

結局、何が言いたいのかっていうと、人生、どこで何が役に立つか分からない。って事です。

サイズが小さすぎて不満だった帽子が、まさか夜勤のサポートに貢献してくれたとは。もうね、帽子かぶるだけでスイッチ入りますもん。一気に集中できますもん。ちっちゃい帽子さまさまですね。愚痴ってばっかってよくないですね。

 

でも、あれなのかな。サイズの小さい帽子をかぶり続けることって、頭部をむやみに長時間締め付け続けることって、やっぱり健康的にはよくないんですかね? そこんところはちょいと不安です。

 

以上、しょうもない話でした。

だれか教えて偉い人。

初めての夜勤!

こんばんは、バチカです。あ、違った。今はこんな時間じゃなかったわ。

 

おはようございます、バチカです。こちらはもうすぐ寝る時間でございます。なぜって? 今週は夜勤なのです。そして、昨日が俺の初めての夜勤でした。初体験でした。

とりあえず、一昨日から現在までの流れをざっと説明してみると、

 

一昨日

  • 夜更かしをしようと試みるが、明け方の午前4時頃に眠気のピークが到来。寝る。

昨日

  • 10時頃に起きる。
  • 寝れないので2時間ぐらい起きる。で、昼飯を食べる。
  • 12時から15時くらいまで昼寝してみる。しかし、あまり眠れず……。
  • セブンイレブン眠眠打破を購入して飲む。
  • 16時頃から夜勤スタート。

今日

  • まさかの3時間残業。5時頃に帰宅。
  • コンビニで買ったナポリタンを食べる。その後、シャワーを浴びる。
  • 酒を飲みながらネットいじり←今ここ。
  • これから寝る予定。

こんな感じ。

 

ぶっちゃけ、3時間の残業はありがたかったです。なにがありがたいって、外出たらもう明るくなっているんですよ。これで定時帰宅となったら、真っ暗な時間帯に帰らなきゃいけなくなりますからね。暗いのは怖いから嫌いです。

俺のビビりっぷりを甘く見るなよ? 大学生の時、富士急ハイランドの最恐戦慄迷宮へ男女混合6人で入って、俺だけ絶叫したからな! 大西賢示はるな愛ばりの野太い声で絶叫して、隣にいた友人の耳がイカレましたからね。途中、3人ずつに分かれたけど、あまりにも騒いでいたから、「ネタバレ」って呼ばれてしまいましたからね。

だから、3時間の残業のおかげで、外が明るくなっているのは嬉しいです。話が少しそれてしまいましたね。

 

あともちろん、夜勤手当と残業手当が出るのもいいですね。こいつはがっぽり稼げるチャンスですよ。

え? 残業ゼロ法案? 経済に疎い私めには分からんのですが、あれって「サビ残の合法化」とどう違うんですかね? 俺には区別がつけられないのですよ。

 

ただもちろん、問題もあります。ものすごく疲れます。へとへとすぎてヤバいです。

いや、ね、昼食(20時頃)が美味しくなくて、あんまり腹に入らなかったんですよ。そしたらね、空腹でもないのにすっごく身体がやつれてしまい、残業辺りから身体が重すぎて動きませんでした。

しかも今、真下を向いたら腹がへっこんでいたっていうね。ウエストが縮んでいたとは、夜勤ダイエットってやつか? 夜勤も悪くありませんね。

身体が慣れてないせいで疲労の蓄積っぷりが半端ないですが、まあ、いずれ慣れるでしょう。こういう経験って、そうそう出来るもんではないですからね。

 

それではもう寝ます。明日も夜勤、がんばるぞ!

日本の少子化って四重で詰んでね?

どうも、バチカです。こちらはゴールデンウィーク最終日です。

明日から仕事ですよ。ま、十分羽根が伸ばせたから良しとしますか。

 

さて、今日の話題はこちら。

www3.nhk.or.jp

こういうニュース、こどもの日になると毎回出てないか? まあ、この問題は、現代日本における最大の関心事の1つですからね。俺も結構、興味ありますよ、少子化問題

だってさ、人口が減ってるんですよ? 人口が減るだけならまだしも、その影響で国が亡びるかもしれないって言われてるんですよ? まあ、この国にはなんだかんだで世話にはなってますからね。そんな国が亡んじまうかもしれないってのは、正直なんだか寂しいっていうか、ヤバいっていうか……。

そして、その原因として、子供が減っている。と。ちなみに俺は、子育てまでのメカニズムとして、以下の四つのプロセスがあると考えています。

  1. 男女が出会う。
  2. 男女がくっつく(交際、結婚など)
  3. 男女が子を産む。
  4. 男女が子を育てる。

さて、現在の少子化対策、3と4あたりの支援を政府は重点的にやっている気がしますけど、昨今の恋愛に関するコラムやそのコメントを見ればよく分かるはず。1と2の段階で詰んでいる若者、いまどきどれだけいると思っているんですか。過去のエントリで紹介した記事のコメントを見れば一目瞭然。『子を産むとか育てる以前の段階』で盛大に積んでいる人が、この日本には沢山いるんですよ。かくいう俺もこんなんだし。

zauer-bachika.hatenablog.com

 ある記事曰く、ほぼ半数の男女がそこで詰んでいるそうじゃないですか。だから、1、2の支援も、3、4と同様、いやそれ以上に手厚くしてもらいたいものですよ。

 

「そんなことより産みやすい環境ヲー!」という人たちがいるかもしれないけどさ、そういう人にはむしろこう言いたいんですよ。

「じゃあ、あんたたちは産みやすい環境さえ整ってればちゃんと子供を産んで育ててくれるんだね? ビックダディばりに! あんたらがちゃんとやらないと、日本の人口は増えないんだよ!?」

一応、誤解されないように捕捉しておくけど、これは3、4の段階をパスした全ての男女に対して言ってます。女性だけ言ってるわけではないですからね。一応、ね。

 

結局今の日本って、

  1. 男女が出会いにくい。
  2. 男女がくっつきにくい。
  3. 男女が子を産みにくい。
  4. 男女が子を育てにくい。

っていう、四十苦を抱えているってことなんですね。もう、『少子化が問題になっている』って表現自体、生ぬるいのかもしれないね。むしろ『国の掲げる少子化政策が上手く軌道に乗っている』って表現した方がちょうどいいのかもしれませんね。

 

ぶっちゃけ俺自身、少子化対策にはどうしたらいいの? って言われると、どうしたらいいか分かりません。ただ、こう四つに分けてみると、それぞれの問題を解していけば、上手くいくんじゃね? とも思います。

まず、1は婚活や街コンとかで何とかなると思います。社内恋愛とかも1の対策にはなりうると思います。そして、3と4は、昨今の『ワークライフバランス』とやらの風潮が何とかしてくれるでしょう。前途多難そうにしか見えないけど、一応、何も無いよりはマシ。少しくらい、希望持ってもいいでしょう。そういえば、かつて都知事選で田母神さんが『子育てコンシェルジュ』というのマニュフェストに掲げてましたし、そういうものの導入もいいのかもしれませんね。

ただ、2はどうしたらいいんでしょう。俺、ここで詰んでいるんですよね。それに大学も卒業して、1すら怪しくなってきましたし。

 

となると、やっぱり日本は四重で詰んでますね。上手くまとめられないけど、日本の少子化って四重で詰んでますね。欧米とかはカップル文化があるから1や2の解決までは余裕っぽいでしょうけど、日本はもうそこで終わってる若者が半数もいるんですもんね。そこから3と4を解決させなきゃいけないから、なおの事すごい道のりですもんね。

 

はてさて、どうすりゃいいもんか。

『彼女諦め男子』というより、そもそも『「好き」が分からない男子』もいるんじゃない?

 この記事、去年の前期辺りにも掲載されてなかったっけ? 最近になって、またこれが話題になってきたんですね。

 

どうも、バチカです。

今日はこの記事についてコメントしてみたいと思います。

 

『彼女諦め男子』ねぇ。確かに俺も当てはまるところは多いかもしれませんね。かくいう俺も、ない=年齢なわけで。

なんていうかね。俺にとって『恋愛』というもの自体が、かなり敷居の高い存在のように感じられるんです。もともとコミュニケーションそのものに自信がなく友達も少なかった俺にとって、『彼女を作ること』っていうのは、もう途方もなく遠い場所にある『何か』としか思えないんですよ。例えるなら、アスリートやアーティストとして成功するのと同じレベル。

一応、大学には女子がたくさんいました。所属していた部活も、女子が半分以上いる所でした。けれども当時の俺は、過去の高校生活の人間関係が原因でトラウマを患っており、人と話すことに強い苦手意識を持っていました。そのため、部活内の女子のうちから一人を彼女にするとか、もうレベルが高すぎて無理だったんですよ。まだそんなことする段階じゃないでしょ。それ以前の段階でしょ。そんなことよりまず、普通に会話するところから始めましょうよ、的な。

幸いにも、部活の女子は優しい人が多かったので、女子と会話すること自体は、何ともありませんでした。でも、彼女を作るというところまでは行きませんでした。部活動でも研究室生活でも女子はいたけれど、俺自身、まだそういうことが出来るような段階じゃないって、ずっと思ってました。

自分はまだ彼女を求められるような段階じゃない。もっとそれ以前の過程をクリアしていない自分に、彼女を求める資格はない。つーか、彼女を求めること自体が間違っているのではないか? ならば無理して最初から求めようとせず、自分のやりたいことを自由にやってればいいんじゃないか? そうすれば、いずれ。とかずっと思っていました。そして、現在に至っております。まさに、上の記事でいう『彼女諦め男子』なんですね。

 

もちろん、これで終わるわけにもいきません。やっぱりね、大学生活を続けていますとね、彼女が出来たとかなんだみたいな話を聞くようになるんですよ。となると、色恋沙汰とか縁ないぜ。って自分でも、一人くらいは作らなきゃダメなのか。みたいな感じになるんですよ。というわけで、ちょっと作ってみようって思ったわけなんですよ。

そしたらね、とんでもない事実に気が付いたんだ。

俺、『好き』が分からねえ。

いや、ね。可愛いと思う女の子はたくさんいるんです。事実、俺の所属していた部活には、可愛い子はたくさんいました。てか、可愛い子しかいませんでした。まあ、俺個人の美観ですから、あてにしないでくれたまえ。けれど、付き合いたい。とか、一緒に食事とか遊びに行きたい。みたいになるか。っていうと、そうでもないんですよね。それとはまた違うよ。的な。

結局ね。俺が異性との関心を繋いでいるのは、雄として備わった性欲だけなんじゃないのか? そんな気がしてくるんですよ。そんなのを抜きにしちゃったら、俺の目の前にいるのは異性じゃないですよ。ただの人ですよ。恋愛的な云々かんぬんなんて、そんなもんなんて全くありませんよ。人として『好き』になることはあっても、恋愛的な意味で『好き』になることなんて、そういうこと自体この世にはないんじゃねーの? そんな気すらしてしまうのですよ。

きっとこれは俺だけじゃないはずです。ネットを見てみると、片思いの経験すらない人が年々増えているそうじゃないですか。『恋愛が面倒くさい』っていうのも、こういうのが関わっているんじゃないかな?

 

で、こういうの書いていると、「お前、じゃあ何が楽しみで生きてるの?」とか言う人が出てくるかもしれないですけど、俺だって好きなもの、楽しいと思うものはたくさんありますよ。無かったら、今こうしてブログなんて書いてないですよ。

それに、いずれこのブログで書くかもしれませんが、俺にはある『とてもやりたいこと』があります。それは『夢』にも置き換えられるかもしれませんが、ある意味、それに片思いしているような感じなんです。だから、恋なんかしてなくても、人生それなりに楽しんでいるんですよ。

 

えーと、話が逸れたな。

結局、何が言いたいのかというと、タイトルの通りです。彼女を作るのを諦めたとかなんとか言う以前の問題として、そもそも「好き」が分からない。彼女を作る以前の問題となっている人間も少なからずいるんじゃねえか。って思うんです。

もうね、そうなったら、無理して作らなくていいと思います。女の子には性欲しか感じねえ。って割り切って、他の事を楽しんで自由に生きていきましょうよ。

 

そっちの方が絶対楽しいですって!